ハウス騒動

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我家が借りているアトリエは埼玉県の入間市という街にある。
アトリエから車で5分くらいのところに『稲荷山公園』という素敵な公園があり、天気の良い日にはよく散歩に行く。
ここら辺、昔は米軍基地があったところで、稲荷山公園はその基地跡に作られている。
それでなのだろう、一面を緑と芝に覆われた起伏のある公園は、どこか外国の町並みを彷佛とさせる趣きがある。
基地時代の名残りの歩道や階段がイイ具合に景観を演出し、今はもう壊してしまったが、僕らが引っ越してきた頃には公園内に大きな木造の倉庫なども残っていた。
切妻屋根、南京下見張りのノスタルジックな外観のその大きな木造倉庫は、公園内に独特の異国情緒を醸し出し、僕らの大のお気に入りだった。
お気に入りと言えば、稲荷山公園の近くには今でも『ハウス』がぽつぽつと点在している。
僕らは散歩のたびに数棟のハウスが集まって残る町並みを羨望の眼差しで眺めては、将来はこんな家に住みたいものだと話していた。
ところがある日、そのハウスの前に『空き家あり』の看板を見つけたのだ。
憧れのハウスに住めるかも知れない・・・



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『ハウス』とは、元々は戦後占領軍(連合軍)のために建てられた住宅(デペンデント・ハウス)で、その後、民間に賃貸住宅として開放されたものだ。
福生や立川の『アメリカ村』等が有名で、70年代には一部の若者たちの間で一種のブームにまでなったそうだ。

ハウスの一番の魅力は、切妻屋根、平屋づくり、南京下見張りペンキ塗り仕上げのアメリカ臭いシンプルな外観と、日本離れした開放的な間取りだろう。
とにかく、三角屋根のそのシンプルな姿は、もう小さな子供が描く絵の中の家のような、何と言うか『家の祖形』のような魅力がある。
外観の印象はほぼ同じなのだが、サイズや間取りには幾つかのバリエーションがあるようだ。
当時の占領軍では住む者の階級によって家の大きさが決められていたのだろうか、 稲荷山公園周辺のハウスにも大きいものから小さいものまで幾つかのバリエーションがある。
今回貸しに出されていたのはかなり大きい方のハウスだ。
さすがに築50年の木造住宅だけあって外観のくたびれ感は否めないが、窓から部屋の中を覗くとあまりの広さに仰天した。
20帖以上はあろうかという巨大なLDKのワンフロアーがドドーンと目に飛び込んできた。
天井も高く、床はもちろんフローリングの板張り、壁は執拗なまでにペンキ塗り仕上だ。
玄関扉は欧米風の内開きで、いわゆる玄関という独立したスペースはなく、ドアを開けるとすぐそこが居間という感じである。
これだけではない、敷地の周りをぐるりと散策してみると、この大きなLDKの他に個室が2つ(もしくは3つだったかも知れない)ほどあり、庭のベランダには広々としたサンルームまで作られている。
この広さならアトリエ兼住居として十分使えるかも!!
そうすれば、今のように2ケ所借りなくてすむ訳だから、家賃出費も抑えられそうだ。
これは僕らが待ち望んでいた画期的な物件かもしれない。
僕も妻もかなり興奮して、家の周りを何度もうろうろしていた。

その姿がよっぽど不審だったのだろう、向かいの住人が様子を見に近寄ってきた。
事情を説明すると、その人は親切にもハウスでの暮らしについて色々と教えてくれた。
まず、古い建物だから継続的なメインテナンスが必要だということ。
それから、冬は結構寒いということ。
う〜ん、覚悟はしていたが・・・、やはりそんなに寒いのですか?
でも、その人は昔からず〜と住んでいるので、もうハウス以外での暮らしは全く考えられないそうだ。
「なんたって日本の家とは比べものにはならないくらい広々してるし、内装なんかも自由に改造させてくれるから気楽だよね。」
「それに、この辺はハウスが好きな人達ばかりが住んでるから、住人達もみんな個性的で楽しいよ。」
で、肝心の家賃は幾らくらいなんでしょうか?
「ウチは昔から住んでるから、安いよ〜、月○万円!!」
ええ〜、安い、安過ぎる!!
「とにかくハウスは一度住んだらやめられないよ。」
そりゃそうでしょ・・・
じゃあ、貸しに出てるあのハウスもそれくらいですかね?
「いや、あそこはウチとは大家が違うし、修繕なんかも結構やってるから、もう少し高いって聞いてるよ。」
幾らだって言ってました?
「たしか、○○万円くらいだったかな〜」
何、それじゃほとんど倍額じゃないですか!!
「そうだね〜。でも、ハウスの空きってなかなか見つからないから、住みたいんならチャンスだと思うよ。」
僕たちが焼き物や絵を描いていると話したら、この辺はそんな人達ばかりが住んでると喜んでくれた。
いいな〜。

家に帰って、早速、大家さんに電話で問い合わせてみた。
やはり、家賃はさっきの人が言ってた額だった。
喉から手が出るほど住みたいが、さすがに築50年の木造住宅でこの家賃は高過ぎる。
半額だったら迷わず決めたんだけどね。
それにしても惜しい、惜し過ぎる。
せっかく見つけたハウスの空きを、家賃が高いと言う理由でみすみす見逃すなんて・・・
なかなか諦め切れない僕らは、「広い家だから誰かとシェアしようか?」なんて事も真剣に考えた。
しかし、一緒に暮らしてくれそうな友人達に片っ端から打診してはみたものの、片っ端から断られた。
みんなさすがに夫婦モノとは一緒に住みたくないそうだ。
おまけに僕の実の弟にまで断られる始末。
そうこうしてる間に、あのハウスは他の人がさっさと借りてしまった。
羨ましい・・・

それでもハウスを諦め切れない僕らは(正確には僕はとっくに諦めていたのだが、妻の方がどうしても諦められなかったらしい)、しばらくハウスの賃貸情報を探していた。
すると、入間の磯野商会という不動産屋がハウスの物件を専門に扱っていることが分かった。
連絡を取ると、空き物件が幾つかあり、中も見せてくれるという。
早速、見学に行くと、若い社長さん自らが案内してくれた。
何棟くらいあるのだろうか、平屋づくりのハウスがズラ−っと並んでいる。
元々ご先祖がこの辺り一帯の地主さんで、今はこの若い社長さんがハウスの町並みを残そうと維持管理を引き継いでいるそうだ。
老朽化したハウスは元通りに復元し、中にはハウス風に新築した物件もあるという。
修復中だというハウスを何棟か見せてもらった。
稲荷山公園で見たハウスよりは全体に幾分小さめのサイズだ。
これではアトリエ兼住居にするにはちょっと狭いかな〜。
まあ、それでもここは今の家よりアトリエにずっと近いから、交通費がかなり浮きそうだぞ。
今の家からアトリエまでは車で通っているのだが、ガソリン代もバカにならないのだ。
それに引き換え、ここはアトリエまで自転車で(徒歩でも)楽に通えそうな距離。
期待に胸を膨らませ、お値段を聞いてみると・・・
ガビーン!!
稲荷山公園のハウスと同額じゃん、そりゃないっすよ〜。
でも、考えてみれば古い木造住宅を丁寧に修復し、これだけの戸数を維持管理していくのには随分と費用もかかるのだろう。
僕たちにとっては高い家賃だけど、このある意味歴史的な町並みを残す為にはこれ位のコストは仕方ないのかな〜と思ったりもした。
昔の町並みを維持するというのは並大抵なことではないのだ。
しかし、それにしても僕たちにはやっぱりどう考えても絶対無理な額だ。
こうして、ハウスの夢は我々の前から完全に消え去った。

しかし、今にして思えばこの一連のハウス騒動のお蔭で、僕らは「アトリエ兼住居」という発想を頭の片隅で持つようになったのだな。
そして、「どうせなら築50年の借家なんかじゃなく、自分達の手でハウスよりずっとカッコ良い家を作ればイイじゃん」と悔し紛れに冗談とも本気ともつかない話をするようになったのだな。
それが、まさかこんなに早く現実になるとはね。
その時は夢にも思っていなかった。
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by fujiyama67 | 2006-03-16 05:02 | 家づくりで考えた事


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